Make all the dust that I can

 他愛無い会話の中で投げかけられた他意のないひとことが深いところに刺さって、おうちに帰ってひとりになった後思い出したりしちゃって、結果として何年も忘れられなくなるなんてことはよくある。たとえば私がまだローティーンだったころに言われた「化粧映えしそうな顔だよね」というひとこと。えっ、それってどういうこと?当時メイクどころか化粧水とか乳液すら所持してなかった(デビューがとても遅かったのです)私は、それって良いの悪いの?顔が薄いってこと?逆?混乱した。実際のところ、きちんとメイクを覚えた今でも「化粧映えしそうな顔」がどんな顔か分かっていないのを根拠に、きっと先の発言に大した意味はなかったんだろうと思っている。

 

そしてここ最近、とあるバンドメンバー(…とある?)から言われたひとこと。

 

 「ていうか出たい、フジロック。」

 

バンドをやっている私(達)には、フジロックに出たいか出たくないか、という2択が心の内に存在するのです。ロマンティックなことに。

 

 ところが最近は、日々を擦り潰しながら通り過ぎる現実に心も身体もやられて、そんな2択を持つ内心の自由すらも忘れていた。

 そのときは「キャラ違くない?笑 いつになくキッズな発言だな〜」くらいに茶化すような照れを隠したいような気持ちを抱いただけだったが、そのひとことがズブズブに深いところまで刺さってしまい、翌日からなんと数年振りに毎日ギターを弾く習慣を再開した。かれこれ5年くらいはライブや何かが近づいてくるたびに泣きながら詰め込み練習するざまだったのに、もう1ヶ月続いている。ちなみに中学2年生でギターを始めてから大学に入学してしばらく経ったあたりまで、毎日欠かさずギターに触るようにしてたんです。本当に。ロマンティストなだけの不真面目な人間だったので音楽で食っていくという夢は叶えられなかったけれど。

 そんな自分にとって、バンドメンバーが冗談のような調子で、フジロックに出ると意気込んでる姿は、なんだか涙が出そうなほど美しいことに思えた。バンドをやっている私(達)にとってフジロックに出たいと思うことは冗談でも何でもないのです。(いや別にフジロック信者ではない、高校生くらいだったらこれが日本武道館になるでしょう) 

 

 5年間でこじらせにこじらせたギターに対する超絶苦手意識を軽々と飛び越えて、いまギターを弾くのがとても楽しい。不思議。私は元来人を喜ばせるのが好きなタイプなんじゃないかとすら思えている。(このことについては改めて向き合いたい)

 

 私がギター下手だったら私のいるバンドはフジロックに出られないな、と思ったのです。

 

また現実っていう暴力に屈してルーティンを崩しそうになったり、やっぱり自分ギターまるで向いてない…となったときに、このテキストを読み返してあのひとことを聞いたときの気持ちを思い出すことにする。